未来は変えられる。─大学に合格した、一人のかんもく少年の物語
目次
「会話できましたよ」──その一言が開いた、未来への扉
こんにちは!中之園はるなです。今日は、皆さんにお伝えしたいご報告があります。
私の講座の卒業生Sくんが、「志望大学に合格しました。」とお父さんから連絡がありました。
しかも──
面接で、声で答えることができたのです。
これは、決して「たまたま起きた奇跡」ではありません。
不安と向き合い続けた日々の中で、少しずつ積み上げてきた「勇気」の結果です。
「採点できないため不合格」──過去にあった現実
さかのぼること5か月前(昨年の10月)、Sくんとお父様は、受験当日の面接への配慮として「筆談対応」の申請をするため、志望大学の心理学部長と学科長との面談に臨みました。
その時、大学側からは、率直にこう伝えられました。
過去に、場面緘黙症の受験生がいましたが、
何も答えることができず、採点できないため不合格となった例があります。
これは、とても現実的な話です。
どれほど学力があっても、
面接で何も伝えられなければ、評価ができない。それが、社会の仕組みです。
だからこそ大学側は、入学後のことも含めて確認しなければならなかったのです。
・グループ討議
・現場実習
・プレゼンテーション
そうした場面でやっていけるのか・・・大事なことです
Sくんは、筆談で、ひとつひとつ、自分の考えを伝えました。
そして起きた、静かな変化
面談の途中、Sくんはお父様にこう伝えました。
「お父さんが一緒にいなければ、話せるかもしれない」お父様は、部屋の外に出ました。そして──
面談が終わり、戻ってきたとき、学部長がこう言ったのです。
「会話できましたよ。」
Sくんは、自分の声で、自分の言葉で、伝えたのです。
学部長と学科長はこう続けました。
「入学して勉強したいという強い気持ちが伝わってきました」
これは単に「話せた」という事実以上のものです。
「この子は学びたい」
「この子には意志がある」
それが、伝わった瞬間でした。
そして迎えた、受験本番
2月某日、面接当日のことです。筆談対応は申請されていました。
しかし──
Sくんは、約30分間、声を出して返答することができたのです。
そして後日、お父様から私に届いたメール。
息子が大学に合格しました。
面接では筆談でなく、声を出して返答できたようです。
よく頑張ったと思います。
その報告を、中学校の恩師にも伝えに行ったそうです。
中学校時代、Sくんは、学校で一度も声を出すことができませんでした。
担任の先生は、筆談用のノートを用意して待っていてくれました。
しかしその日──
Sくんは、約20分間、声で会話したのです。先生は、涙ぐんで喜ばれたそうです。
一度も話せなかった場所で、話すことができた。それは、過去を書き換える瞬間でした。
そして今、新しい一歩を踏み出します
この春、Sくんは親元を離れ、県外で一人暮らしを始めます。
本人は言っています。
「環境を変えたい」
「一人暮らしがしたい」
将来の夢は──「公認心理師と臨床心理士になること。」と聞きました
かつて、話せなかった少年が、自分の声で、自分の未来を切り開いたのです。
同じように苦しむ人を支える側になろうとしています。
これは単なる「受験合格」の話ではありません。
緊張と不安に支配されていたかんもく児が、「自分の力で未来を選択できる状態」に到達したプロセスの物語です。
場面緘黙症とは、「話さない」のではなく「話せない」状態
ここからは、場面かんもく症について詳しく解説します
場面緘黙症は、DSM-5-TR(精神疾患の診断基準)において、不安症群の一つとして分類されています。
特徴は、
家庭など安心できる環境では話すことができるにもかかわらず、学校や社会的状況など特定の場面で一貫して話すことができない状態が持続することです。
ここで重要なのは、これは「意志の問題」ではなく、神経生理学的な不安反応によって生じる状態であるという点です。
不安を感じたとき、人の脳では扁桃体が危険を検知し、交感神経系が活性化します。
その結果、
・心拍数の上昇
・筋緊張の増加
・思考の停止
・発声筋の抑制
といった反応が生じます。
つまり、話さないのではなく、身体が話すことを阻止してしまう状態なのです。
これは「凍りつき反応(freeze response)」とも呼ばれ、進化的には危険から身を守るための生存反応です。
しかし学校や社会生活においては、この反応が子どもの可能性を制限してしまいます。
なぜ「話せない状態」は維持されるのか──回避による不安の強化
場面緘黙症の維持メカニズムは、行動科学の観点から明確に説明することができます。
鍵となるのは、「回避」と「負の強化」です。
子どもが不安を感じる場面で、誰かが代弁してくれるなどして、話さずに済んだとき、不安は一時的に下がります。
このとき脳は学習します。
「話さなければ、不安が小さくなる」「話さなくても何とかなった」
この学習は、負の強化と呼ばれます。
その結果、
話さない → 不安が減る → 話さない行動が強化される。というループが形成されます。
これを回避維持モデルと呼びます。
このループが繰り返されるほど、「話さない状態」は安定化し、固定化していきます。
つまり、何もしなければ自然に改善するとは限らず、むしろ回避が習慣化することで維持される可能性が高いのです。
改善の鍵は「段階的エクスポージャー」と「成功体験」
では、どのようにしてこのループを変えることができるのでしょうか。
科学的に最も有効性が確認されている方法は、
**段階的エクスポージャー(gradual exposure)**です。
これは、不安を感じる状況に対して、無理のない範囲で段階的に接触し、「やればできた」という成功体験を積み重ねていく方法です。
重要なのは、
・いきなり話すことを求めない
・安心できる条件を整える
・小さな成功を積み重ねる
ことです。
例えば、
・うなずく
・指差しで答える
・小さな声で一言話す
・信頼できる人と話す
・環境を少しずつ広げる
こうした段階を経ることで、脳は新しい学習を形成します。
「この状況でも大丈夫だ」
「話しても危険ではない」
「話すことで、分かってもらえた」
この新しい学習は、不安反応を弱めていきます。
そして、成功体験は**自己効力感(self-efficacy)**を高めます。
自己効力感とは、
「自分はできる」「役に立っている」という感覚です。
これは、行動変化を維持する上で最も重要な心理的要因の一つです。
親にしかできない支援──「安心の土台」をつくる存在
ここで極めて重要な役割を担うのが、親の存在です。
子どもの神経系は、安心できる他者との関係によって調整されます。これはポリヴェーガル理論でも説明されているように、
安全な対人関係は副交感神経系を活性化し、不安反応を抑制します。
親ができる最も重要な支援は、
「話させること」ではなく、安心して存在できる環境を提供することです。
例えば、
・子どもの不安を否定しない
・比較しない
・結果ではなく過程を認める
・小さな挑戦を尊重する
こうした関わりは、子どもの神経系に安全信号を送り続けます。
安心は、挑戦の前提条件です。
安心があるからこそ、子どもは一歩を踏み出すことができます。
これは、親にしかできない役割です。
専門家にしかできない支援──行動変容の設計
一方で、専門家には専門家にしかできない役割があります。それは、行動変容のプロセスを科学的に設計することです。
場面緘黙症の改善には、
・不安階層の評価
・回避行動の分析
・段階的エクスポージャーの設計
・成功体験の構造化
・環境調整
といった専門的な介入が必要です。
これらは応用行動分析(ABA)や認知行動療法(CBT)の理論に基づいて行われます。
適切な段階設定がなければ、
・難しすぎて失敗体験になる
・簡単すぎて変化が起きない
という問題が生じます。
専門家は、不安のレベルと成功可能性のバランスを精密に調整します。
これにより、子どもは無理なく変化のプロセスを進むことができます。
親と専門家の協働が、「話せる未来」を現実にする
最も重要なのは、
親の支援と専門家の支援は、どちらか一方では不十分であるということです。
親は安心の土台をつくる存在であり、専門家は変化のプロセスを設計する存在です。
この二つが同時に機能するとき、
子どもの神経系は安全を感じながら、新しい行動を学習することができます。
安心の中で挑戦し、
挑戦の中で成功し、
成功の中で自己効力感が育つ。
このプロセスを経て、
「話せない子」は、
「自分の意志で話すことができる子」へと変化していきます。
未来は、変えることができます
中学校で一度も話すことができなかったS少年が、
強い意志をもって、大学受験に臨み、面接で声を出し、そして心理学の道へ進むことを決意しました。
これは偶然ではありません。
適切な支援と、安心できる環境、そして段階的な成功体験が、彼の神経系と行動を変えていったのです。
場面緘黙症は、子どもの未来を決定づけるものではありません。しかし、適切な支援がなければ早期に改善する可能性は低く、長期に渡って子どもは苦しむことになります。自力で改善したとしてもその後、社交不安障害が残るとも言われています。
適切な支援があれば、比較的短期間で改善する可能性があります。子どもは、自分の力で未来を切り開いていくことができます。
未来は、変えられるのです。
そしてその変化は、
安心の中で育まれ、
理解の中で強まり、
成功体験の中で現実になります。
子どもの中には、まだ見えていない可能性が確かに存在しています。
その可能性は、正しい支援によって、S君のように必ず花開きます。
お子様の「話せる未来」のために、今できること
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

もしかすると今、わが子が場面かんもく症ではないか?と心配されている保護者様の中には、「本当に、うちの子も変わることができるのだろうか」そんな思いを抱かれているかもしれません。
今回のお話は、話せる未来を手に入れた、多くの私のクライアント様の一例です。
中学校で一度も話すことができなかった少年が、
大学の面接で自分の声で想いを伝え、そして、自らの力で未来を切り開いていきました。
この変化は、特別な才能があったから起きたわけではありません。
適切な理解と、
段階的な支援、
そして何より、
日常の中で子どもを支え続けた保護者の存在があったからです。
場面緘黙症の改善は、
「ただ待つこと」でも、
「無理に話させること」でもなく、
不安の仕組みを理解し、
子どもの状態に合った適切なステップを設計し、
安心と挑戦を両立させていくことで、
子どもは、自ら話す力を取り戻していきます。
しかし、場面かんもく症の症状には個人差があります。支援の最初の一歩は、「今、わが子がどの段階にいるのか」を正確に知ることから始まります。
もし今、
・家では話すのに、学校では話せない
・このまま将来大丈夫なのか不安
・何をすればいいのか分からない
・関わり方がこれでいいのか迷っている
そのようなお気持ちがある場合は、一人で抱え込まず、ぜひ一度ご相談ください。
個別相談では、お子様の現在の状態を専門的な視点から整理し、なぜ話せない状態が維持されているのか、
そして、
「話せる未来」へ向かうために必要な具体的なステップを、分かりやすくお伝えします。
多くの保護者の方が、「もっと早く相談すればよかった」とおっしゃいます。
未来は、環境と関わりによって変えていくことができます。
そしてその変化は、正しい理解と、最初の一歩から始まります。
あなたとお子様の未来を、一緒に考えていきましょう。
